2012.05.16 Wednesday
それが大事
走行距離 81.32
走行時間 2:29:58
今日は朝練に出発する前に、以前ワタナベさんに言われたことが気になってクリートを確かめてみた。
・・・クリートの位置がかなり外側ににずれている。
力が加わったことによるものなのか?
それともそもそものセッティングが誤っていたのか?
いずれにしても、これでは膝を真下に下ろしてスムーズに力を加えることなんてできない。
アドバイスに感謝です。
と、意気揚々とJA春日居へ向かうが、昨日の整体でもまだ固さがほぐれきっていない様子。
往復7時間の電車の旅は、自転車以上に身体に影響を与えるのだろうか?
本日はスタートからワタナベさん、白川さん、鈴木君というレギュラーメンバーが揃い、
3周目からは近藤君が合流した。
近藤君とはMRやレースなどではしばしば一緒になるものの、朝練でははじめてだ。
ワタナベさんがTTバイクで、他の4人はすべてロード、という構成。
今朝はなるべく積極的に先頭交代をしよう、と考えていたものの、
4週目には交代どころか前走者のワタナベさんについていけずに中切れしてしまい、
後ろを走っていた鈴木君に迷惑をかけてしまった。
その後は付き位置で走りながらも最後は千切れ気味、という感じで2ラップ走り、
近藤君がローテーションに入らずに付き位置になってからは負荷が軽くなったので、
その場を何とか死守、と思ったが最後にはやはり千切れてしまった。
いつもの3人との実力差はいやというほど知っていたものの、
近藤君との差はもうちょっと小さいかな・・・と楽観的な見方をしていたら大間違い。
いやぁ悔しい。もっと頑張ろう。
本日のワタナベさんのアドバイス
「もっと腕を畳んで、姿勢を低くすること」
「普通に走っているときこそリラックスしたポジションを取るのではなく、フォームをしっかりと意識すること」
ところで今日は定時後に組合主催のセミナーがあり、
元柔道オリンピック金メダリストであり女子柔道金メダリスト谷本歩美の師、
古賀稔彦さんが講師として招かれた。
セミナーは――正直なところ想像していたよりもはるかに――面白かった。
中でも特に印象に残った話は次のようなものだった。
「谷欠点」
前の二文字を繋げれば「欲」となる。
強くなりたい、お金持ちになりたい、尊敬されたい、等々、人間には持って生まれた欲がある。
その欲を外に出すことによってはじめて、自分の夢や希望が叶えられるようになる。
また一方で後ろの二文字は「欠点」となる。
自分の欠点を素直に認め、直すことによって欠点が長所となる。
これもまた、目標に辿りつくために必要な一歩である。
世の中には「天才」と呼ばれる人たちが何人もいるけれど、
その人たちに共通する考え方は、現状に満足せずに常にもっと良いやり方を模索する意思である。
――という話を聴いていたら、朝練の後の光景とリンクした。
今日はいつもにも増してキツかったけれど、
練習直後のワタナベさんは汗だくとなり、白川さんに至っては倒れそうなくらい消耗していた。
それに比べて最後に千切れてしまった僕は、そのときにはもう回復して息の乱れも収まっていた。
あれだけ速い人たちがここまで追い込んでいるのに、弱い自分の負荷がこんなに少ないのでは、
いつまで経っても差は開く一方だという実感と、
あそこまで追い込む気持ち、意思が無ければ強くなれないという現実。
しがないサラリーマンに過ぎない僕にできることとは何だろう?
自分ができる範囲でより良くなるように感じ、考え、実行するしかないだろう。
それはサラリーマンだろうがプロ選手だろうが、同じことだ。
ということで、細かな調整をしてみる。
今朝クリートの調整を行ったことでやや窮屈な感じになったので、2mmほどサドルを上げてみた。
また、これは実は既に行っていてまだここには書いていなかったけれど、
股間にかかる圧力を逃がすため少しだけサドルを前下がりにした。
これは既に効果が出ている。
もうこれ以上はいいや、と思考停止してしまうことは問題を闇に葬ってしまうことと同義である。
面倒がらずに、諦めずに、自分の直感を磨き、自分より上の人のアドバイスを素直に聞き入れる気持ちを持とう。
2012.05.14 Monday
ボビー・フィッシャーを探して
走行距離 54.10
走行時間 1:42:21
同じ姿勢で長いこと電車に揺られていたせいだろうか、
夜と朝に温泉に浸かったというのに、とにかく身体が固い。
なるべく身体をほぐすような感覚でLSDVD。
この映画を見るのは二度目だったか。
チェス・天才・少年・父親・師・栄光・挫折・復活
・・・とキーワードを並べただけで名作の香りがプンプンと匂い立つ。
アメリカ人初の世界チャンピオンに輝いた後、突如失踪してしまったチェス界の天才ボビー・フィッシャーのお話、
ではなく、そのボビー・フィッシャーの再来と目されるひとりの少年の成長を描いた物語。
理知的で挑戦的な少年の瞳が素晴らしい。
身体をほぐしてもらうべく整体に行くと、マッサージごろごろでも電気びりびりでも手もみぐりぐりでも、
痛みはあるのにいつの間にかうとうと眠っていた。
自転車とは違った種類の疲れが溜まったのかな?
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評価:
![]() --- パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン ¥ 1,690 (2006-04-03) |
2012.05.12 Saturday
放射冷却翌朝の芦川はよく冷える
5/12(土)
走行距離 73.85
走行時間 2:45:29
5:15出発。
ポケットには補給食のまんじゅう、エナジージェル。
今日は予定が入っているので9:00までには帰宅したい。
前日のメールで、本日のCMMは清里組(湯村」ファミリーマート8:00集合)と、
富士スバルライン組(芦川おごっそう屋7:10〜20集合)の二手に分かれることになった。
時間的に清里方面は厳しいので、芦川でメンバーに合流できればいいな・・・
という腹積もりで鳥坂峠越え or 芦川沿いルートのどちらかを現場近くの気分で選ぶことにする。
ウォーミングアップを兼ねてLSDペースで走っていると、平和通りでモッチーさんを発見。
こんなに早くメンバーに合流できるとは思っていなかったのでちょっとびっくり。
ベスト、アームウォーマー、レッグウォーマーを着込んで富士スバルラインの寒さ対策ばっちりの様子だ。
とりあえずふたりで集合場所の芦川農産物直売所おごっそう屋を目指す。
モッチーさんは国道358号精進湖線をまっすぐ行くつもりだったので、
当初の計画をあっさり破棄してモッチーさん案に乗ることにする。
上りが続くと、モッチーさんが厳しそうだ。
モッチーさんの本来の目的はスバルラインの試走なので、ここで中途半端に引いて足を使わせるのも悪い。
先に行かせてもらうことにする。

芦川入口からおごっそう屋まではタイムトライアル。
追い込むのではなくフォームの確認を中心に、平均心拍140強、急坂でも150くらいで。
距離 8.6km
平均斜度 4%
走行時間 0:24:06
ちょうど7:00頃におごっそう屋に辿りつくと、富士組呼びかけ人のKOHさんもまだ着いていない様子。
そこでまんじゅうとエナジージェル(カフェインが濃くて強力!)で補給し、
一旦引き返してからもう一本走ることにする。
すると芦川小の近くでモッチーさんとすれ違い、郵便局付近でKOHさんとすれ違う。
そこで芦川支所でUターンし、ふたりと再会。

少し話をした後、身体が冷えないうちに出発。
澄み切った空に比例するように、朝を迎えた芦川は冷えている。
結局、この時点で7:10過ぎだったので、これ以上先へ進むのは断念。
ふたりと別れ、鳥坂峠経由で帰宅することにする。
鳥坂峠の下りで最高速度75.24km/hを記録し、
八代〜笛吹川沿い〜会社方面で何度かスプリントの練習をしながら8:30帰宅。
明日は朝から出張に出かけなければならないので、
早起きして少し走れるかどうか、かな・・・?
2012.05.10 Thursday
TTバイク恐怖症 (朝練)
5/10(木)
走行距離 98.42
走行時間 3:17:46
4:30起床、のはずが二度寝していて5:00に再び目が覚める。
枕元に用意していたジャージに急いで着替えて、5:15出発。
山梨学院の前を通ると、普段着を着たロードが何台も走っていた。
イベントか練習か、何かあったのかな?
いつもより踏んで6:05JA春日居に到着すると、すぐに白川さんもやってきた。
他のみんなは既に1週目に出ており、間もなく戻ってきた。
ワタナベさん鈴木君、そして今日は松本さんも参加している。
フォルジークのふたりはTTバイク・・・!
合流し、片道走って速度50km/h!
次が自分が先頭、の段階で先頭ローテは無理! と判断。
付き位置宣言し、そそくさと後ろにへばりつく。
しかし付き位置にも関わらず2週目で既に撃沈。
千切れてはトレインに飛び乗り、千切れては飛び乗り・・・
いわゆる引きずり回しの刑に処せられた(笑)
何しろ速い。速すぎる。ただでさえ速いふたりがTTバイク使うのは反則だと思います。
それに白川さん。何故あの速度のトレインに乗って、さらにローテまでできるのか?
さらに松本さん。55歳の人がどうして20も下の僕より強いのか? しかも、更に上のステージを目指すモチベーションはどこから来ているのだろうか?
何しろレベルが違いすぎる人たちばかりなので、自分の力の無さが身に染みてわかる。
そんな人たちと一緒に走れるなんて、それだけでも貴重な経験だ。
ただし最大心拍は167。朝から心臓に悪い・・・
6:55 (ペースが速いので)いつもより早く練習終了
7:05 JA春日居出発
7:15 すき屋で食事 たまごかけご飯(大盛)
7:45 会社到着
8:05 シャワーを浴びる 着替える
8:10 職場で始業まで仮眠
と主婦並みに忙しい朝を過ごして、仕事に支障がないように(本当ですよ)備える。

帰りはフォームの確認をしながら帰宅。
笛吹川沿いの国道140号を下っていくと、市川三郷でちっちゃくて可愛い花火が上がっていた。
今朝ふと気づいたのは、実は無意識のうちに骨盤を寝かせるフォームを実践していたのだということ。
そうやって姿勢を低く保たなければとてもあの速度に対応できない、
というか未だに対応できていないわけだけど(笑)
それから、朝練はとにかく力を出し切っても追いつくことができず、
後半はフォームもバラバラになってしまった。
ただ単にパワーをつけるだけではなく、フォームを保つ力も必要だ。
最近はただ闇雲に距離を伸ばせばいいわけではなく、何かテーマを持って走らなければ面白くなくなってきた。
これは良い兆候? それとも・・・
この帰宅ルート(140号〜富士橋〜ウェスタンライン下)、
ピストでは変化を楽しめるのだけど、ロードだとやや単調な感じ。
ロードのときは別のルートを設定しようかな。
2012.05.09 Wednesday
朝ヒルクライム練 夜叉神峠 南アルプス温泉ロッジ経由 激坂ルート
5/9(水)
走行距離 44.35
走行時間 1:50:47
水曜日はJA春日井で定例の朝練だけど、昨夜時点の予報では午後から天気が荒れる模様。
翌朝の雲の感じでどうするか決めよう、と思って寝る。
朝起きると、やはり空模様が怪しい。
仕事帰りに雨に降られるのも嫌なので朝練参加は中止し、今日も夜叉神峠方面へ。
(結果としては雨は降らなかったけれど)
芦安入口交差点 〜 南アルプス温泉ロッジ 〜 夜叉神峠駐車場
距離 16.04
平均斜度 6.2
走行時間 1:01:04
平均速度 15.73
最高速度 28.89
平均ケイデンス 73
平均心拍 148
最大心拍 163

芦安の看板通過が11分ちょっと、20分経過で川を渡って激坂地点直前、
の限界まで追い込んでいるわけではないけれどまあまあ、のペース。
ところが途中で道を間違えてしまい、
桃ノ木橋方面ではなく、斜度20%の激坂が待つ南アルプス温泉ロッジ方面へ迷い込んでしまう。
結果、激坂で足を使ってしまい後半垂れるパターン。
60分切りならず・・・。
しかもよくよく思い出して見ると、GWに走った時もこのルートだったような気がする。
そうだとしたら前回よりも1分以上遅いわけだけど、早朝一発目ということもあり、こんなものかという感じもする。
心拍的にもそこまで追い込んだ数字ではないし。

途中、久しぶりに鹿に遭遇した。
野生の鹿は凛々しい。
JUGEMテーマ:ロードバイク総合
2012.05.08 Tuesday
朝ヒルクライム練
5/8(火)
走行距離 61.06
走行時間 2:23:18
幸運なのか、不幸なのか。
家から15分で山梨屈指の峠へのスタートが切れるというのは、
いつでもヒルクライムの練習ができるということであり、
言い換えれば常にその存在に脅かされるということでもある。
昨夜は地域の集まりがあり、就寝は午前0:00過ぎ。
しかし朝5:00に目がぱっちり覚めるという、ちょっと強迫観念的な健康体である僕に朝練に行かない理由がない。

芦安入口交差点〜桃ノ木橋
距離 9.61
平均斜度 4.5%
気温 9.1℃
走行時間 0:29:51
平均速度 19.19
最高速度 28.50
平均ケイデンス 78
平均心拍 146
最大心拍 158
今回はあまり追い込んでいないということもあるけれど、
途中の「ようこそ芦安へ」の大きな看板を潜った時点で11分過ぎ、ベストタイムには程遠い。
20分の時点でもまだガソリンスタンド付近にいる状態だったので、タイムは諦めた。
例の「骨盤を寝かせる」フォームの可否については、まだ試行錯誤の最中なので結論を出すには早すぎる。
というのを前提の上で、現段階で感じているのは「やや踏みやすく、やや回しにくい」。
回しにくいとは言ってもケイデンス110程度なら問題なくいける。
それに今は踏むことに重点を置いて走っているので、その影響もあるのだろう。
またポジション的には、腕を伸ばしている分だけ今までよりもハンドルを低くしたい。
それから尿道が圧迫されるので、ちょっとだけサドルを前下がりにしてみてもいいかも。
6/3の富士HCに向けた練習もしたいけれど、
ちょうどその時期はさくらんぼの収穫を迎えることもあり、昼間は走っている時間があまり無い。
早起きしてヒルクライム練、というのがしばらく続きそうだ。
今回は激坂地点を過ぎたところまでだったけど、峠の頂まで走るならあと30分以上早く起きなきゃ間に合わないな。
一旦帰宅してシャワーと朝食後、通勤のためにデダチャイからビアンキに乗り換える。
朝錬をしっかりこなした後は、気ままに走る。
気持ち的にも、オンオフのメリハリがあったほうがいいのかもしれない。
2012.05.07 Monday
ヤング・ゼネレーション
走行距離 61.18
走行時間 1:56:40
久しぶりの自転車。
しかし昨夜はバスの到着が遅れてしまい、終電に間に合わなかったためビジネスホテル泊まり。
せっかくなら東京を満喫しようとブラついてから帰宅したので、走っている時間がなかった。
そこでローラー台で、溜まった脂肪を燃焼させながらの映画鑑賞。
この映画はロードレースの観点では荒唐無稽もいいところだけれど、
青春映画として見ると見事なまでにベタな展開、それ故にB級映画ファンにはドストライクなのかも。
コメディタッチの軽いノリも含めて結構楽しめた。
JUGEMテーマ:映画
2012.05.05 Saturday
東松島ボランティア
GW後半、東松島方面へボランティアに行ってきた。
気仙沼や石巻を再訪して復興の状況を見てみたいという気持ちはあったものの、
日程や予算の都合により、またまた未踏の地へ行くことになった。

5/2(水)23:00
横浜発のバスに乗り合わせるため、東京駅で待ち合わせ。
しかし大雨と強風でとても外では待っていられず、
近くのチェーン店で安くて不味い蕎麦を啜りながら時間を潰す。

バスに乗り込み、今回のボランティアの説明を受けて速やかに就寝。
GWによる渋滞のため、翌朝6:00に東松島の野蒜小学校に到着の予定が8:00になってしまった。
到着早々作業着に着替え、雨合羽を羽織る。
宮城でも大雨&強風が続いておりとても外で作業ができる状態ではなかったので、
市民会館の体育館に保管してある資材の整理や宿泊場所の小学校の掃除で一日が終わった。
仮設のお風呂はちゃんと男女に分かれて、男性陣はシャワー2箇所と浴槽1据を順番に使う。

東松島市が震災で蒙った被害は、
市民43142人中死者・行方不明者が1063人(全人口の約3%)、全壊世帯5443棟、
大規模半壊3044棟、半壊世帯2451棟、計10938棟(全世帯の約70%)、
避難者が最大約2万人にも上り、宮城県で一番被害比率が高い。
交番や消防署も流されてしまったため、野蒜小学校のグラウンドに設置されたボッシュ寄贈の仮設施設で運営していた。
しかし、その野蒜小学校も震災時には1階が水に浸かり、廃校となってしまったのだが。
しかも、野蒜小学校に避難してきた住民は小学校に入れてもらえず、
隣の体育館に回されてしまったそうだ。
その結果、津波に呑まれた体育館で多数の被害者が出てしまい、今もその周りには多くの花が供えられている。
体育館から外を見ると、海は遥か遠くに見える。
確かに、ここまで波がやってくると想像するのは難しい。
しかし現実に波は押し寄せ、多くの人が亡くなった。
後から批判をするのは簡単だけれど、もし自分がこの学校の教師だったとしたら同じ判断をしていたのかも知れない。
食事は震災後まったく店舗のなかったこの地域にようやく新しくできた『海鮮堂』で昼はカレー、
夜は近くのスーパーで弁当を買って持ち寄り(本来は昼のみの営業なので)、
地酒『浦霞』が振舞われて区長さんや個性的なふたりの漁師さん(仙ちゃんと新ちゃん)と一緒に宴会となった。
今回のボランティアでとても良かったのは、家族連れが2組、夫婦で参加が1組いたこと。
これは僕が今まで経験したことがないパターンだったけれど、
こういう復興支援のボランティアを家族ぐるみで経験できるというのは実に素晴らしいことだし、
ある意味羨ましいと思う。

二日目は奥松島で農地にする土地の残骸物撤去と、別の場所の草取り。
柱やら冷蔵庫やら、結構大きなモノがそこら中に転がっていて、
他のボランティア団体と共同で作業した。
自分の家の草取りは何だかんだと理由をつけてやりたがらない僕だけど、
流石にボランティアではそうはいかない。
草刈り機で竹やら蔦やらと格闘し、汗を流した。

三日目にしてようやく朝から晴れたので、散歩に出かけた。

仙石線(仙台と石巻を繋ぐ路線)は被害が酷く、まだ復旧されていない。
震災当時は地震の影響で遮断機が下りてしまい、渋滞になった車の列に津波が襲い掛かってきて多くの方が亡くなった。
周りを見渡すとほとんどが空き地となっていて、半壊の家が数件、
人が住んでいる家となると片手にも満たない。


この日は作業はなく、漁業体験とバーベキューというレクレーション的スケジュール。
しかし、子どもたちは貴重な体験ができたと思う。
是非また被災地に足を運び、できる範囲のことをしてくれればいいな。


このボランティアは全てサポートグループG代表の市原さん個人によって運営されている。
市原さんはどこかの団体に所属しているわけではなく、震災直後から今日に至るまで、
個人の力によってこの東松島を支援してきたのだ。
そのエネルギーと情熱は並大抵のものではないし、これからも続けられる限り支援をしていきたい、
というその想いに胸が詰まった。

またひとつ、再訪しなければならない土地が増えました。

それから正直、2泊4日という限られた時間の中ではできることに限界があったし、
土地を知ることも、他の参加者とゆっくり話をすることもできなかった。
個人的にはやはり一週間くらいのスパンで腰を据えて活動をしたいと思う。
それ以上の期間となると、もはやボランティアが本業となってしまう。
これからも【趣味:ボランティア】を続けます。





